※この記事は『紙の動物園』の結末に触れています。
ケン・リュウの『紙の動物園』を読みました。
最初に出てくるのは、老虎(ラオフー)という紙の虎です。
お母さんが包装紙を折って作った虎に、ふっと息を吹き込む。
すると、動き出すんです。
鳴くし、走るし、虎なのでほかの紙の動物に襲いかかったりもする。
かわいい。
最初は、そんな不思議なお話なのかなと思っていました。
主人公のジャックには、アメリカ人の父親と中国人の母親がいます。
読んでいて、私はこのお母さんとジャックが、あまり親子っぽく見えませんでした。
なんだろう。
お母さんと息子というより、お手伝いさんと子どもみたい。
少し気になりました。
やがてジャックは、友達から母親のことをからかわれます。
お母さんが作った紙の動物も「ゴミ」と言われてしまう。
たぶん、傷ついたんだと思います。
そしてジャックは、お母さんに「ほかのお母さんと同じ」でいてほしくなっていきます。
英語を話して。
中国語はやめて。
紙の動物もいらない。
お母さんは息子に近づこうとするけれど、ジャックはどんどん離れていく。
私はこのあたりを読みながら、
「お母さんも、もう少し英語を頑張ってあげたらよかったのにな」
と思っていました。
息子がアメリカで暮らしているんだから。
ジャックだってつらいんだから。
でも、最後まで読んだら、その気持ちは少し変わりました。
お母さんは癌で亡くなります。
亡くなる前、ジャックに、屋根裏にしまってある紙の動物たちを、ときどき思い出してほしいと頼みます。
その中に、老虎もいました。
そして老虎には、お母さんが残した手紙が書かれていました。
そこではじめて、ジャックと一緒に私も、お母さんがどんな人生を生きてきたのかを知ることになります。
自分で自分の人生を選ぶことがほとんどできなかった人でした。
両親のこと。
生まれ育った場所のこと。
中国で暮らしていた自分のこと。
遠いアメリカで、それを全部手放してしまったら、お母さんには何が残ったんだろう。
そう思ったら、
「もっと英語を頑張ればよかったのに」
と簡単に思っていた自分が、少し恥ずかしくなりました。
紙の動物は、お母さんがジャックに残そうとしていたものだったのかもしれません。
自分がどこから来たのか。
誰の子どもなのか。
そして、どれだけ愛されていたのか。
でも、それがジャックに伝わったとき、お母さんはもういません。
手紙を読み終えたジャックは、「愛」という漢字を指でなぞります。
間に合わなかったな、と思いました。
気持ちは、ちゃんと伝わった。
でも、伝わったからこそ、つらい。
知らなかったとはいえ、ジャックが後悔しないはずはないと思います。
読み始めたときは、紙の虎が動く、かわいい物語だと思っていました。
全然違いました。
読み終わって残ったのは、
切ないなあ。
という気持ちでした。
それも、ひとつじゃない。
ジャックも切ない。
お母さんも切ない。
老虎まで切ない。
最後まで、切ないが続くお話でした。

