朝井リョウさんの『どうしても生きてる』を読みました。
6つの短編が入っています。
どの話も、なんというか。
ぐっときました。
明るい話ではないです。読んでスッキリする感じでもない。
でも、分かる。
分かりたくないところまで、ちょっと分かる。
その中でも一番残ったのが、「そんなの痛いに決まってる」という話でした。
※ここから先は、かなりネタバレがあります。
主人公の良大は、決済サービスの営業をしています。
最初はこれから伸びていくと思っていたサービスも、大手の参入で契約が取りづらくなっていきます。
そんな良大が思い出すのが、前の会社の上司だった吉川さんです。
吉川さんは、何を頼まれても「大丈夫です」と言う人でした。
良大が転職するとき、二人で食事に行きます。
そこで吉川さんは、若いころ、ふらっと遠くへ出かけるのが好きだったと話します。
知らない土地で、おいしいとか、きれいとか、思ったことをそのまま口にする。
誰にとっても誰でもない存在でいられる時間が、人間には必要なんじゃないか。
この言葉が、あとになって重くなります。
その吉川さんが、会社を辞めさせられたと聞きます。
誰にも知られていなかった性的な嗜好が、動画で広まってしまったことが原因でした。
会社ではいつも「大丈夫です」と言っていた吉川さん。
良大はその動画から目が離せなくなります。
良大には美嘉という妻がいます。
美嘉は仕事で成功していき、いつの間にか良大より収入も多くなっていました。
良大は美嘉を愛しています。
それなのに、美嘉とはできません。
良大には、ありなという浮気相手がいます。
浮気相手といっても、恋愛をしている感じではありません。
お互いの本名も、家族構成も、ほとんど知らない。
ありなは良大を「ザック」と呼びます。
ここにいるのは、良大とありなではなく、ザックとありな。
何者でもない二人だから、何でも言える。
ここで、吉川さんの言葉を思い出しました。
誰にとっても誰でもない存在でいられる時間。
あるとき、ありなの体にあざがあることに良大が気づきます。
ありなは介護の仕事をしていて、認知症の高齢者からひじ打ちされることもあるそうです。
痛いし、腹も立つ。
でも、声に出して文句は言えない。
その話をしていたありなが、みんな同じっぽい、と言います。
痛いことを言葉にできずに我慢している。
大人になると、傷ついたときほど傷ついた顔ができない。泣きたいときほど泣けない。
「そんなの痛いに決まってる」
ああ。
そうか。
と思いました。
子どもが転んで泣いていたら、そんなの当たり前です。
痛い。
だから泣く。
それだけ。
吉川さんだって、そうしたかっただけなのかもしれない。
会社ではずっと「大丈夫です」と言っていた。
でも、会社とはまったく関係のない場所では、痛ければ痛いと声に出せた。
良大も、ありなの前では叫べる。
ありなも、良大には仕事であった嫌なことを話せる。
心のままに泣いたり叫んだりしても、驚かない人が一人いれば生きていける。
ここで、ぐぐぐっときました。
私にはいる。
夫には、たぶん何でも言えます。
ものすごく泣いても、怒っても、叫んでも、たぶん受け入れてくれる。
でも。
そんな人が一人もいない人は、どうするんだろう。
この話を読んだあと、職場の苦手な人のことまで考えました。
その人は、どちらかというと「痛い痛い!」とすぐ騒ぐタイプです。
吉川さんとは正反対。
……あの人は我慢してないな。
なんて思ったりもする。
でも、痛いんだろうな。
好きな人にも痛いことはある。
嫌いな人にもある。
優しい人にもあるし、嫌な人にもある。
良大だって、浮気をするし、人を見下すし、決して立派な主人公ではありません。
それでも痛いものは痛い。
考えてみれば、痛くない人なんていないんですよね。
痛いときに「痛い」と言える人がいる。
私は、それだけでもずいぶん幸せなのかもしれません。
だからなのかな。
この話を読み終わったあとに考えていたのは、自分のことより、
「痛い」と言える人が、一人もいない人のことでした。

